開発したラーメンは90種類! 八郎めん

男鹿市船越の八郎めん。1日に2万食から3万食を生産するほぼラーメンに特化した麺メーカーです。実に開発熱心。社長の杉渕正英さん、見るもの聞くもの、食べるもの、すべてが商品開発につながっているようです。これまでに約90種類のラーメンを発売してきました。

日本人の国民食と言われるラーメン。強いこだわりを持ち、蘊蓄(うんちく)を語り出すと止まらない人が多い。八郎めんはラーメン店向けの業務用のほか、消費者向けにスープを添えた生麺・乾麺の袋入り即席麺を製造、ラーメン好きたちの厳しい舌に応える商品を次々と世に送り出しています。

創立は昭和2年(1927年)。実は東京渋谷区で、「みます屋製麺」という社名でした。戦災で工場が焼失したため、創業者杉渕周助さんの故郷の船越に移転してきました。現社長の杉渕正英さんは4代目ですが、3代目のお母さんの時代から実質的に経営を担っていました。

主力商品は、創業者の名前をとった周助ラーメン」シリーズ。しかし、研究熱心な杉渕社長は、次々に新商品を開発してきました。

平成21年(2009年)には、ご当地グルメの王者を決めるB1グランプリに「男鹿しょっつる焼きそば」を引っ提げて参加しました。焼きそばの麺にわかめの粉末と昆布の出汁(だし)を練りこみ、しょっつる(ハタハタの魚醤)をタレに入れた海の香りたっぷりの男鹿らしい焼きそば。今では「男鹿のやきそばを広める会」ができて男鹿名物になっています。男鹿焼きそばは、八郎めんの麺とタレ以外は各店のオリジナル。

基本的に、新しく発売する商品を決めるのは杉渕社長です。意識しているのは大量消費地である東京。高校からお姉さんが住んでいた東京に行った杉渕社長。東京の消費者の好みを知っているという自負があります。

例えばあんかけラーメン。秋田では「もやしそば」というとただ炒めたもやしを載せたラーメンがほとんどですが、あんかけにするとまったく違った趣きになります。そういうこだわりのある商品が八郎めんの得意とするところです。

「みんな好みが違うから、みんなでアイデアを出すとなかなか決まらない。だから自分が決めます」(杉渕社長)

杉渕社長は、東京の高校を卒業し、そのまま東京の大学を出て、迷うことなく東京の会社に就職し、秋田に帰ることはまったく考えず、家業を継ごうとも思っていませんでした。しかし、お父さんが倒れ、お母さんやお姉さんが看病や会社のことで大変そうにしているのを見て25歳の時、帰る決意をしました。

「しんどかったですね。絶対嫌だと思いました。会社を辞めて2年ぐらい東京のラーメン店で修行をしたり、食べ歩いたりしてから帰りました」(杉渕社長)

ヒット商品に「赤鬼ラーメン」があります。もちもちとした触感の多加水系、手もみ麺工程で作った麺。それにあっさりとした中にも深い味わいのある秋田比内地鶏を使った醤油味スープ、秋田の味噌を使用した味噌味スープの2種類があります。赤鬼ラーメンは、一社で開発するとコストが掛かりすぎるので、大曲のクマガイフーズ、十文字のトヤマフーズなど5社で共同開発しました。県外への売り込みにも力を入れました。

赤鬼ラーメンは、今でも安定的によく売れているそうです。比内地鶏のスープは絶対おいしいはずですが、これをラーメンのスープにして大々的に売り出したのは、赤鬼ラーメンが初めてだったのだそうです。

今年はゴジラ生誕65周年を記念して「ゴジララーメン」を出しました。「なんで秋田でゴジラ?」と思われるかもしれませんが、男鹿半島にはゴジラ岩というゴジラそっくりの岩があるんです。とはいえ社長は、ゴジラ岩にそうこだわったわけではなくゴジラの世界観を表現したかったそうです。真っ黒なスープに赤い麺。ド迫力のある商品を作ろうとかなりテンション上がったそうですが、今は、製造中止みたいです。麺を赤くするのが難しく、実はあまりおいしくなかった・・・、と杉渕社長。しかし、このラーメン、さまざまなメディアで爆発的に取り上げられ、めちゃ話題になりました。是非、改良してまた!

火を噴くゴジラ岩! (男鹿なび)

従業員は約30人。正社員とパート社員が半々。平均年齢は42歳ぐらい。団塊の世代の退職後、平均年齢はかなり下がりましたが、新卒の社員はなかなか定着しないのが悩みの種。特に女性が結婚や出産をきっかけに退職する人が多いそうです。

営業担当者は3人。社長は、最近わざわざ遠くまで営業に行く必要がなくなったと言います。ネット上のやり取りですべて完結してしまうことが多いとか。しかしそれは、八郎めんの名前や商品への信頼が高まったからという面も大きいと思います。

「東京の顧客に『行く』というと、来なくていいと言われることが多いのよ。提案書をネットで送れば、ババっと伝票が送られてきて、それに書き込んで送って、終わりだ」(杉渕社長)

とはいえ、営業部長の杉渕一志さんにお話をうかがうと、顧客を訪問することによって顧客がどういう商品を欲しがっているかが分かり、それが新たな商品につながることも多いそうです。また、業界の展示会は、その場ですぐにリアクションが得られるので非常に貴重な機会だそうです。

杉渕正英社長(左)と杉渕一志営業部長

また商品をラーメン屋などの業務店に届ける運転手さんも大事な営業戦力だそうです。配達のときに顧客の声がダイレクトに届くので、それを会社に伝える重要な役割を果たしています。社長が発案して試作してみて、従業員が全員でフィードバックを集めるという感じです。

「運転手は会社の顔と言ってもおかしくないです」(杉渕部長)

八郎めんは、大手と同じものを作るのではなく、大手がやらない、やれないような商品を開発して企業価値を高めています。

そうした思いから生まれたのがご当地麺シリーズといっていいでしょう。東北を中心とした各県の特産物を使って何かできないかということで開発を始めました。実はスープを製造している会社は秋田県内にはなく、県外の5社に作ってもらっているそうです。やはり豚骨は福岡が強いとか、味噌味がうまいとか、各スープメーカーに特徴があるので、各社の得意な分野を考えながら製造を委託しているそうです。

通販にも力を入れています。さまざまなご当地麺の詰め合わせなどが八郎めんの強みです。また強力なのはヤマト運輸のお取り寄せサイト「クロネコ美味紀行」です。このサイトに掲載されると、通常は1日2万食の生産を3万食にアップするそうです。やはり通販の時代です。秋田にゆかりの麺ばかりでなく、実は全国各地の特産品を使った商品を多数作っています。

現在の売り上げの7割は県外。3割が県内で、誰でも知っている有名なラーメン屋さんにも麺を卸しているのですが、残念ながら名前は出せないそうです。

東日本大震災後、顧客の声に大きな変化がありました。「乾燥麺」に対する需要が急に高まったのです。災害に備えた食糧備蓄のために賞味期限の長い麺が必要になったのです。この時期から乾燥麺の比率がぐっと上がりました。

八郎めんの創立は東京でしたし、東京人の好みを知っていることが武器でもあります。しかし、今はすっかり地元に根付き、男鹿の町の振興や観光にも意欲を持っています。男鹿は、海あり山あり湖ありで風光明媚。港があって海の幸に恵まれ、昨年はなまはげがユネスコ無形文化遺産に登録され、ますます注目を浴びています。

反面、男鹿は秋田県内でも人口減少が急速に進んでしまった地域でもあるのですが、毎年夏にはロックフェスティバルが開催されたり、新しく「ひのめ市」という多くの人が集まる市が始まったり、古民家カフェができたり、若い人たちによる町を盛り上げようという動きが少しずつ目に見えるようになってきました。男鹿の観光スポットや名物をにぎやかに盛り込んだ八郎めんの冷やし中華発売50周年を記念するパッケージは、男鹿の観光情報を発信する「男鹿なび」(船木一代表)に依頼して制作してもらいました。

八郎潟の名前をもらった八郎めん。ラーメンと焼きそばで男鹿を活性化していってくれる気がします。

◆八郎めんのホームページ

◆八郎めんのFacebook

取材・写真:佐藤裕佳、薄木伸康 文:竹内カンナ

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