電子部品、航空機、プラント事業でバランスよく 三栄機械

三栄機械は、由利本荘市で自動機械や航空機関連機材など幅広い製品を製造しています。会社案内をいただいたらパワーポイントで171ページにもわたって同社の製品やさまざまな受賞歴が熱く紹介されていました。

秋田県には由利本荘市の本社とプラント事業を担う象潟工場があります。また、横浜市と日本の機械産業の最大集積地である名古屋市に営業所があります。

佐藤淳社長のお話をうかがっていて、とても印象に残ったことがありました。同社が、会社の転機にAターンで同社に入社した人たちの力で新しい道を切り開いて来たことです。

「うちの会社が航空機事業に参入するためのけん引役になってくれたのは象潟出身で親のために秋田に戻ってきた人でした」(佐藤淳社長)

 三栄機械の航空機事業への参入は、秋田県の企業の中で非常に早い方でした。

 1990年代の初め、三栄機械が事業の多角化を模索していた頃、横浜市の日本飛行機で技術者をしていた人が、親のために地元に戻ることになり三栄機械に入社しました。40歳前半の働き盛り、業界のことに非常に詳しかった上、三栄機械を自分の古巣に紹介し、防衛省の仕事を受注するための糸口を作ってくれました。さらに、日本飛行機の営業OBを同社に紹介するなど、しっかり航空機産業への参入の道筋をつけてくれました。

佐藤淳社長とWLAの渡部みのり編集長

 また、川崎重工との間を取り持ってくれたのは、同社を定年退職し秋田に戻って来た男鹿市出身の人でした。こうした新たな取引先とのつながりをしっかりと拡大できたのは三栄機械の実力ですが、こうした成功を積み上げて、同社は外部の人を積極的に迎え入れ、「わくわくどきどき」を大切に、新しいことへチャレンジしてきました。

 80年代まで、三栄機械はTDKの企業城下町である由利本荘に集積する電子工学系の企業との取引によって順調に成長していました。しかしその頃からこの業界は半導体業界の激しい景気の波や海外生産化の荒波にほんろうされる時代に入り、三栄機械も収益源の多様化を図る必要が出てきました。当時から航空機産業は成長産業の一つとみられていました。また、防衛省が国産の輸送機や哨戒機の開発を進めようとしているという報道もあり、航空機産業には大きな期待が掛かっていました。

航空機事業は売上高の約30~40%を占めています

 大企業で活躍し、認められていた人を迎えることができたのですぐにウィンウィンの関係になれました。(佐藤社長)

 三栄機械には、秋田にゆかりのある人だけでなく、秋田に何度か遊びに来ているうちに秋田が好きになり移住したくなったという神奈川県出身の機械設計技師もいます。東京で秋田県が行っていた就職イベント「Aターンフェア」にやってきて、縁あって同社に入社したそうです。また秋田大学を出た栃木県の人で、秋田に住み続けたいといって入社した人もいるそうです。たしかに由利本荘は海も山も近くていいところですから!

就業時間後に談笑する設計部門の方たち。左から2番目が神奈川県から来た八田さん

求める人材

現在、同社の社員数は約80人。電子部品など弱電系が30%、プラントが30%、航空機が30%といった比率。設計技師は10人。事務系は総務4人、営業6人。平均年齢は42歳前後だそうです。

毎年、新卒を1人ずつ、中途1~2人を採用しています。現在は、営業、設計技術、マシンオペレーターの採用を考えています。入社時点の資格は不要です。

群馬で働いているうち、「なんで群馬なんだ地元に戻ろう!」とAターンしてきた佐藤哉元さん

残業は少ないほう。もちろん、急ぎの仕事で2交代制をとって頑張るなんてこともあるそうですが平均すれば月10時間未満

働く環境には気を配っています。トイレは来客用だけでなく社員用も全部、温水洗浄付き!だそうです。また、会社案内によると、大きな機械を組み立てたりする現場も室温を24度に維持しているそうです。秋田の冬、こんな広いところを暖かくするには相当費用が掛かると思いますが、優秀な社員を確保するために環境整備は重要です。

会社案内に24℃に温度管理されていると明記されています

女性は8人いらっしゃって、たまたま年齢が30歳前後に固まっているので、今はいつも誰かが産休・育休を取っているような状態だそうです。でも、皆さん、育休後は戻ってきて働き続けているそうです。今、育休中の方は4人目のお子さんだそう。また、職場復帰してからも朝1時間、午後1時間の時短勤務が取れるそうです。

競合会社はない

競合会社はどこか、とお聞きしたら、「よそでできないことをやろうとしていますから、競合ということはあまりありません」(佐藤社長)とのこと。これから日本は労働人口が減少し人手不足になり、製造現場の自動化が一段と進むので、

「われわれのチャンスが広がっていくのかなと思っています」(佐藤社長)

と明るい未来を描いておられます。

社内イベントは、お花見や忘年会のほか、夏はバーベキュー大会、9月には子吉川レガッタ(市民ボート大会)に参加、ほぼ毎年、社員旅行にも行っていて、最近は函館や横須賀に行きました。仕事の都合で行けない人以外は8割ぐらい参加するそうです。

南極に出張中

社員旅行で思い出しましたが、そういえば今、猪又製造部長は出張で南極に行っているそうです。昭和基地では風力発電の装置を5基建設する計画で、その3基目を同社が受注しました。本社工場で製造し、その設置のために観測船「しらせ」で11月に南極へ!考えてみると、帰りは「しらせ」が戻ってくる4月ということでしょうか?!

猪又部長(HPから)

活躍する人材

どんな人材が三栄機械で活躍しているかとうかがうと、佐藤社長は「挑戦し、成長し続ける人」とおっしゃり、ただ「成長というのは、昨日よりちょっとでもできるようになったらそれが成長なので、それを繰り返していれば10年後は明るい」と、日々少しずつでも努力を怠らないことを大切にしていると話されました。

左端のグレーとブルーの機械「アーム型三次元測定器」の設定をする大類 恵さん

同社の経営陣は代々、次から次へと新しい分野の仕事を持ってくるのですが、社員にはそれを「よっしゃ、任せておけ!」と言ってくれる文化があるそうです。佐藤社長自身も、専門は機械なのに、新しいことに挑戦しろと言われ、建築や土木の資格も取得しています。

新卒の採用にあたっては、理工系や男女にこだわらず採用しているそうです。「工業高校で知識を身に付けた人よりも、東京などに行って人付き合いとか遊びを知った人の方が、すぐに仲間と馴染めるし、みんなの中心になっています」(佐藤社長)

また外部の力を大切にするという意味では、さまざまな産学官の共同研究にも参加しています。

会社案内から

同社は、会社理念を大事にし、それが社員一人ひとりに浸透するよう努めています。また、会社の決算や借入金といった財務諸表の数字を毎月、全社員と共有し、同時に、こういう会社にしたい、こういうことをやりたいといった会社の先行きについての見通しや、秋田県の置かれている状況などについても社員に伝え、各部署で10年後はどうなっていたいかについてまとめさせているそうです。

取材を終えて

三栄機械は、秋田の航空機産業のリーダー格です。早くからこの分野に取り組み始め、幅広い製品を手掛けています。そのきっかけがAターンの人だったこともあり、外から来た人を尊重する気風があります。新しいことへのチャレンジが奨励されていることにも魅力を感じました。

◆三栄機械のHP http://sanei-kikai.co.jp/index.html

◆三栄機械の事業紹介動画・画像 http://sanei-kikai.co.jp/video%20photo.html

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